こんにちは。台東区議会議員の山口銀次郎です。

今日は8月6日です。

1945年8月6日、広島市内に原子爆弾が投下され多くの方が犠牲になりました。
8月9日には長崎市内にも原子爆弾が投下されました。

私は過去に何度か、原爆投下日に合わせ広島と長崎で開催されている、原水爆禁止世界大会に参加したことがあります。
その時、被爆者の方から直接お話を伺う機会がありました。

ある方は、当時中学生で建物疎開に動員されており、友人と5日に行くか6日に行くか決める時があり、自分は5日を選び友人は6日を選び、結果的に自分は助かったが友人は犠牲になってしまったことを話してくれました。
直接聞いたわけではありませんが、その日仕事が休みだったり体調不良で休んだりした結果助かった方も居る様です。

こういった、普段の日常生活で当たり前の様に繰り返している行動選択が生死を分け、自分が犠牲になってもおかしくはなかった。
また、あの時自分が5日を選んだので結果的に友人が犠牲になってしまったことに対して、心苦しいとの心境を聞きました。

また、別の女性は子供の時市内で被爆し負傷したので、その後救助に来た軍人だったと思われる方達に助けを求めたが、その方達は今後兵隊として戦力になりそうで助かりそうな成人男性を優先し、即座に助けてくれなかったと話してくれました。

爆心地から離れていて直接被爆はしていないが、その後負傷者が避難して来て、壮絶な光景を目撃した話をしてくれた方も居ました。見たことを話すことは出来るがその時の、負傷者の声や臭いは伝えられない。今も覚えていると語ってくれたことが印象的です。

どの方も、もう二度とこの様な悲劇は繰り返してはいけないと話してくれました。

原爆投下から77年が経過し、当時のことを話せる方もかなり減ってきています。
そういった方達から聞いた話を次の世代に伝えていくことが必要なのではないでしょうか。

現在、ロシアの侵攻によりウクライナで戦争がおこなわれていますが、核兵器が使用されることだけは、絶対にあってはならないのではないでしょうか。